成功する教育の神秘
アイロンは熱いという教育だけは、どの家庭でも成功していることが不思議でなりません。
家電には、原理がなんとなく判るものと、全然判らないものがありますね。
例えば石油ファンヒーターなんかは、石油を燃やして、その熱をファンの力で拡散しているんだなぁと、素人でも想像できます。
一方、テレビが何故映るのかは、少し難しくて、電波に映像がのっているわけですが、どうやったら電波に映像がのるのかとか、そもそも電波ってなんなのかとか、理解しなければいけないことがファンヒーターに比べればとても多いです。
これが携帯電話になると、更に難しくて、基本は電波に声がのっているのだろうけれど、大勢の人が使っているわけだから、周波数はどうなっているのかとか、さっぱり理解できません。
技術が進歩すればするほど、原理がすぐには理解できない製品が増えていって、使用する方も、もはや理解することを諦めてしまっているように思います。
原理が判るって、とっても大切なことです。
原理が判るからこそ、うまく動かないときに何がいけないのか想像がつくし、間違った使用をして事故を起こすこともなくなります。
アイロンというのは、ハイテクに汚染されずに残っている、数少ない牧歌的家電のひとつだと思いますが、このまま時代が進んで、「家電の原理が判らなくて当たり前」という時代がやってくると、原理を知ろうとする気持ちが衰えて、アイロンでさえ、どういう原理で皺をのばすのか、理解していない人が増えていくのかもしれません。
よく判らないけれど、電源を入れて、布にアイロンを押し当てると皺がのびる、という理解をする人が出てくるのではないかと。
つまり、「熱」が皺をのばすファクターであることが、理解の上で飛ばされる可能性がある。
もちろん、使用する上で「熱」を感じるはずですから、使っている人は否が応でも原理を知ることになるのかもしれません。では、それをそばで見ている子供はどうでしょうか。
アイロンが皺をのばすための機械であることは理解するでしょうが、それが熱せられた鉄によるのだということを知らないし、教えられても理解できず、興味も持たない。親も家電の原理なんて興味がないから、「熱いから触ったら駄目よ」的な、子供がすぐに忘れてしまうような形の命令しかできない。
そうなると、アイロンで火傷をする子供も激増しそうですが、今のところ、そのような気配はありませんね。
万引きは悪いことだとか、電車ではお年寄りに席を譲るべきだという教育には失敗しても、「アイロンは熱い」という教育だけは、どの家庭でも成功しているわけです。
親の言うことを聞かない子供も、好奇心旺盛な子供も、反抗的な子供も、「アイロンは熱いから触ってはいけない」という親の命令だけは守っている。
何でこんな話を書いているかと言うと、「電気アイロンでやけどをする事故が2003年度以降、5年間で165件発生しており、このうち77%は10歳未満のこどもである」というニュースを読んだからです。
僕はこのニュースを読んで、小さな衝撃(形容矛盾・笑)を受けました。
このニュースは恐らく、アイロンが意外に危険であるし、事故も多発しているのだ、ということを訴えたかったのだろうけれど、僕の受けた印象は、「たったそれだけ?」というものでした。
5年間で165件ということは、1年間に33件です。1ヶ月では3人以下です。
アイロンと言うのは恐らく、最も危険な家電だと思います。
安全対策なしに、むき出しの高温の鉄板が立てかけてあるのですから。
ちょろちょろ走り回る子供のいる中にそんな物が置いてあることを考えれば、この事故件数の少なさは、ほとんど奇跡にすら感じられます。
「アイロンが熱い」教育成功の神秘は、「望遠鏡で太陽を見てはいけない」教育成功の神秘に匹敵するほど、不思議でならないのです。