ダブルバインド・仲間由紀恵の場合
フジテレビで放送が始まった「ありふれた奇跡」の第一話を観ました。
仲間由紀恵が演じる中城加奈のコミュニケーションの仕方が、否定的ダブルバインドの連続で驚きました。
心に傷を持っているらしい加瀬亮が演じる田崎翔太が、今後、彼女に惹かれ、自信をなくし、振り回されていくであろうことは、容易に想像がつきます。
以下、加奈のダブルバインドが象徴的なワンシーン。
翔太「メールとか、教えてもらっていいですか?」
加奈「あぁ、メールねぇ……」
翔太「どうせ、しないと思うけど」
加奈「じゃあどうして?」
翔太「ただ、じゃあこれで、って言うよりいい様な気がして」
加奈「そっか」
翔太「いいの、終わり」
加奈「いいの?」
翔太「うん」
加奈「私が今、ちょっとためらったから、そう言ってる?」
翔太「そうかな」
加奈「プライド高いんだ」
翔太「気が弱いの。ビクビクしてる。いいのいいの、メール、いいです」
加奈はこういったやり取りで、メールアドレスを教えることをためらうのですが、その後、駅で別れる際、「ちょっといいですか?」と翔太を止め、電車に乗らずにもう一駅、一緒に歩くことを提案します。
加奈はメールアドレスを教えないことで翔太を否定しておきながら、「いいの、終わり」と言って諦めた翔太を、「いいの?」と言って逆に否定しています。そして「プライド高いんだ」と追い込みます。
また、メールアドレスを教えないことで「あなたには興味がない」というメッセージを送りつつ、電車に乗らず歩くことを提案することで、「あなたともうちょっと一緒にいたい」という反対のメッセージを送っています。
このように、矛盾する二つのメッセージを同時におくることを、否定的ダブルバインド、と呼びます。
翔太が諦めた後の、「いいの?」という加奈の発言は、別の意味でもダブルバインドになっています。(治療的ダブルバインド)
この「いいの?」は、「(あなたは私に興味があるのに、こんな簡単にメールアドレスをきくことを諦めて)いいの?」という意味であり、翔太が「いい」と答えても、「よくない」と答えても、どちらにしても、加奈に興味があることを彼は認めることになります。
続きを観てみましょう。ふたりは線路沿いを歩きながら、こんな会話をします。
加奈「メールのアドレス、すぐ教えなかったのはね……」
翔太「当然ですよ」
加奈「なるべく教えないようにしてるから」
翔太「俺も、そうです」
加奈「嘘!」
翔太「どうして?」
加奈「すごく、積極的でしょ?」
翔太「俺が?」
加奈「あの時も、パッと走って止めたし、私さがして戻ったり、思ったことはどんどんやるタイプじゃない?」
翔太「そう見える?」
加奈「見えないけど」
翔太「ほら」
加奈「でも行動はそうよね。メールだってすぐきいちゃうし」
翔太「今日の俺、変なんだな。無理して正反対の人間やってるのかも」
加奈「どうして?」
翔太「どうしてかな」
加奈「私みたいに、暗い人間からみると、あぁ、こういう人がいるんだ、って」
翔太「そちらが、暗い人間?」
加奈「えぇ」
翔太「全然。それこそ全然そんな風には見えない」
加奈「でも、そうなの」
メールアドレスを交換するシーンがなかったので不明ですが、「メールのアドレス、すぐ教えなかったのはね」と言っているところをみると、恐らくこの時点では、すでにメールアドレスの交換をしているのでしょう。
ここで、「なるべく教えないようにしてるから」というのも、実に暗示的な言葉です。
そう言うことで、「自分は簡単に心を許す人間ではない」ことを示唆しているのかもしれないし、「そういう自分がメールアドレスを教えたということは、あなたは特別なのだ」と言いたいのかもしれません。
ここで注目していただきたいのは、あえてもう一度メールの話を持ち出すことで、加奈は「あなたが私を求めているのだ」と言うことを強調し、翔太との関係は、自分の方が優位であることを確認しているということです。
人は、理由づけされると無批判になる、という性質があります。その理由が正しいかどうかは関係なく、「○○だから××」という構文自体が、人の心を動かすのです。これは、結合法と呼ばれる手法です。
例えば子供に新聞をポストから取ってきて欲しいとき、「新聞をとってきてくれる?」と頼むよりも、「もう新聞が来ている時間だから、新聞をとってきてくれる?」と頼む方が、言うことを聞いてくれる確率は高くなります。新聞を取りに行かせるのだから、新聞は来ているのは当然のことですし、この理由は少しも子供が新聞を取りに行かなければならない理由にはなっていないのですが、それでも、そういう理由づけをされると、子供は嫌だとは言いにくくなります。
「なるべく教えないようにしているから教えなかった」というのは、例えば「携帯を持っていないから」とか「今、恋人がいるから」という理由に比べれば、理由として全く説得力がありません。「教えないようにしている」というのは、加奈のさじ加減ひとつだからです。それでも、この発言で加奈は更に精神的に優位に立つことになります。
一方の翔太は、「俺も、そうです」と、取ってつけたようなことを言いますが、説得力がありません。翔太は初めから、何度も加奈と背を並べられるように奮闘しているのですが、かわいそうに、加奈には全く歯が立ちません。
加奈は「嘘!」と即座に翔太を否定します。
自分がメールアドレスを教えないようにしているのは正しいが、翔太はそんなはずがない、と決めつけているのです。
そしてその理由は、翔太が「すごく、積極的」だからです。何故積極的かと言うと、「私をさがして戻った」からです。
ここでは2回、結合法が使われています。
「あなたは私をさがして戻ったから、積極的なのだ」
「あなたは積極的だから、メールアドレスを簡単に教える人間だ」
翔太は加奈の、「あなたは積極的で、メールアドレスを簡単に教える人間だ」という決めつけを、否定しづらくなっています。そして加奈はサラッと「私をさがして戻った」ことを言うことで、もう一度、「あなたが私を求めているのだ」ということを強調しています。
更に翔太が「そう見える?」とたずねると、今度は「見えないけど」と、加奈はあっさり否定します。否定的ダブルバインド炸裂です。
そしてすかさず、「でも行動はそうよね」と続けます。
これは分離法と呼ばれる手法で、翔太の「自分は積極的ではない」という主張を、「気持ちは積極的ではないけれど、行動は積極的だ」と分離することで、翔太の言い分を認めつつも、半分は自分の意見を認めさせているわけです。そしてここでも、「メールだってすぐきいちゃうし」と畳み掛けるように「あなたが私を求めているのだ」と言うこと強調しています。ある意味、追い込み暗示だと思います。
それに対して翔太は、「今日の俺、変なんだな。無理して正反対の人間やってるのかも」と、再び取ってつけたようなことを言います。翔太は何とかして、加奈が作り出そうとしている、自分が加奈を求めている、という図式を崩そうとしています。行動が積極的だったのは、今日の自分が変なせいだし、それは本来の自分とは正反対の行動だったのだ、と。
ここで加奈は、その言葉をそのまま受け取ることはせず、「どうして?」と問い詰めることで、翔太の主張を無効にしています。
彼女は自分では結合法を連発し、逆に人の結合法には決して引っかからないのです。
そして、加奈は自分のことを「暗い人間」だと言います。しかしこれも、ある意味、ダブルバインドです。
何故なら、翔太が、「そちらが、暗い人間?」と驚いているように、外見からしても、性格からしても、加奈は全然暗い人間には見えないからです。言語的な主張と、非言語的な主張が矛盾しているのです。
そもそも、暗い人間は、自ら「暗い人間」などと言うでしょうか?
もちろん、時と場合によっては言うこともあるでしょうが、少なくとも、初対面の男女が水面下で駆け引きをしながら会話をしている状況においては、むしろ逆にとらえるべきでしょう。
頼まれてもいないのに、自分で自分のことを「変わっている」という人ほど、驚くほど平凡な場合があります。予定があって忙しいという人は大して予定なんてないし、外見に自信がないという人は自信があるのです。良く見せようとして反対の事を言う場合もあれば、否定して欲しくて反対のことを言う場合もあります。
加奈の場合、翔太が「全然。それこそ全然そんな風には見えない」と否定すると、「でも、そうなの」と、とても満足そうな顔をします。「暗い人間」という発言を、否定して欲しかったわけです。この辺りは、Noセット(相手にNoを連続して言わせることで、それを条件付ける手法。例えば、さんざんNoと言わせた後で、「だってあなたは私のこと嫌いなんでしょ!」と言うことで、惰性で相手に「そんなことはない!」と言わせるような手法)を使っているようにも感じられます。
加奈の否定的ダブルバインドはその後も続きます。
メールアドレスを聞いたのは翔太でしたが、それ以降、加奈の方から積極的にメールをし始めます。
かと思えば、再会したときに、彼の発言は「知らない」と取り合わないし、提案はことごとく否定。翔太に興味があるはずなのに、決して自分からはそれを認めません。大事なことは翔太の方から言わせようと、Noセットを使いまくります。
否定的ダブルバインドを繰り返されると、どう行動して良いのかが判らなくなります。
相手の要求をのめば否定されるし、のまなくても否定されるわけですから、当然、自分の価値観に自信がなくなります。通常は、そのような態度を取る相手は不快ですから、自分の方から離れていくのですが、家族や会社の上司、そして自分の好きな異性など、逃げ出せない状況では、自分を守ることができず、混乱し、精神的にやわになって、最後には相手の望むものは何でも差し出すようになるのです。
対人関係のハウツー本を読むと、ダブルバインドとして、治療的ダブルバインドが紹介されていることがあります。
例えば誰かをデートに誘うとき、「ディズニーランドに行かない?」ではなく、「ディズニーランドとディズニーシーだったら、どっちに行きたい?」と質問するような手法です。そう質問することで、「デートをする」ことは前提となるので、相手はディズニーランドを選ぼうが、ディズニーシーを選ぼうが、こちらの要求を受け入れることになります。
こんなに素晴らしいテクニックがあるのなら、何故世の中は、その本を読んだ人の思い通りになっていないのでしょうか?
何故、成功する確率はあがるにせよ、それでもうまく行かない場合があるのでしょうか?
何故なら、それらのハウツー本には、ダブルバインドが成功する重要な条件が書いていないからです。
その条件とは、上にも書いた「逃げ出せない状況」です。
闇雲にダブルバインドを使っても、うまくは行かない。
もちろん、うまく行く場合はありますが、もしかしたらそれは、「逃げ出せない状況」がすでに出来あがっていたからかもしれません。そしてその「逃げ出せない状況」というのは、永続的なものかもしれないし、一時的なものかもしれない。飲み会の席でダブルバインドがうまく行ったとしても、それは「逃げ出せない空気」がそこにあったからかも知れず、飲み会が終わってしまえば、その空気はなくなってしまうかもしれません。
加奈は、否定的ダブルバインドや治療的ダブルバインド、結合法、分離法など、さまざまなテクニックを、恐らく無意識的に使っています。
小悪魔、という言葉がありますが、まさしく加奈は小悪魔です。
そして小悪魔が小悪魔たる所以は、決して無意識的に上記のテクニックを使っているからではありません。
大前提として、外見が魅力的だから、なのです。
魅力的だからこそ、相手のことを何も知る前に、翔太は「逃げ出せない状況」に追い込まれているし、逃げ出せないからこそ、加奈のテクニックがバシバシ決まっていく。
この加奈の心理誘導は、翔太だけではなく、当然、翔太に感情移入する視聴者にも有効です。
回が進むにつれ、そういった視聴者は加奈に、ある意味、洗脳され、このドラマから離れられなくなることでしょう。
心理テクニックの本を読んでも、どんなセミナーに出席しても、ちっともうまくいかない人は、この「逃げ出せない空気」の重要性に気がついていないのではないかと思います。
ダブルバインド・加瀬亮の反応 はこちら。
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